2011年、思えばニュートロンが京都・新京極三条で産声を上げたのが2001年7月。まさに激動の21世紀における新しい美術の在り方を提案する申し子として、日々増殖と変遷、進化を繰り返して10年間を走り続けて来ました。
そしてニュートロンにとっての10年目が完結する年であり、新しい10年へのスタートでもあるこのタイミングで、私は大きな覚悟と意思を持って決断を致します。 それは、今まで新京極三条で3年半、そして烏丸三条の文椿ビルヂングで6年近くにも渡って愛されてきた店舗 「neutron」を、今年の5月29日をもって完全に閉店するというものです。 以後、有限会社ニュートロンは本社を移転し、飲食業を廃業した上で事業の基軸を完全に美術企画・販売に一本化し、これからの未来への10年を踏み出して参ります。
十年一昔、と言われた時代は過ぎ去り、もはや一年一昔と言える激動の現代において、ニュートロンはたかが10年と言われるにはあまりにも濃密な、充実した日々を過ごして参りました。当初は都会の隠れ家とも言えるこじんまりしたスペースで開業したカフェ&ギャラリーは、時代に向けて掲げたアイデアが共感を呼び、数多くの若きクリエーター、表現者、そして文化を愛する方々によって雪だるまの如く成長を遂げ、数年の後には現在の文椿ビルヂングに移転し、老若男女問わず、学生、ビ ジネスマン・OL、そして観光客に至るまで、私が理想とする「誰もが気軽に立ち寄れる文化発信基地であり、憩いの場」としての店舗を改良に改良を重ねて実現してきました。まさに今、この「neutron」は驚くほど多くのファンを獲得し、日本各地から足を運んで下さり、京都における押しも押されぬ人気のカフェであり、ギャラリーであると自信を持って言う事ができます。
ではなぜその成熟を待たずに店舗を閉じるのかと言えば、私の信じるニュートロンのこれからの役割が存在するから、と言う他にありません。10年前に考えられなかったほど素晴らしい広がりと共感を得てこのような理想の現場を実現してきた日々には、言うまでもなく数多くの試練と逆境が待ち構えていました。それを一つ一つ乗り越え、数多くのスタッフと関係者が携わり、今日の「neutron」はそれらどの一つのピースを欠いても実現しなかったと言えるでしょう。そして少なからずこの10年の間に時代は変化し、京都における環境も変遷を遂げました。もはや一つの目標を達成し、その中で体力と気力の全てを投じてきた私にとっ て、これより先の10年において同じ目標を掲げ、邁進することは不可能となったのです。と同時に、この10年の間に見出されたのは「neutron」という新しいシステムだけでなく、そこから発信する新しいアイデア、価値観、そしてタレントとしての作家であり、時代に残るべき作品の数々、その萌芽でした。
同じ時代に生きる多くの人々に、この時代の中から生まれる新しい価値観を持った美術表現を身近に感じて、楽しんでもらう。その簡単な様で極めて難しいことを、完全にとは言えなくてもニュートロンはこの限られた空間内で実現し、それを浸透させて来ました。ギャラリーを本業としながらもカフェにおける全てのメニュー、サービス、スタッフにおけるまで、この思いを実現するためにプロフェッショナルを目指し、およそ美術に興味の無い方にとっても、理想的な飲食スペースの形を見せる ことが出来たと自負しております。
だからこそ次の時代を先導し牽引する意味、その担うべき役割は、もう今までのそれらとは違うものであると感じずにはいられませんでした。同じ場所で同じ価値観を大切に守ることも素晴らしい事であるのは言うまでもありません。しかしあえて私が、ニュートロンが目指したいのは これまでの10年間を踏まえた上での、より高い目標へ進む事なのです。それは即ち、限られた場所・空間にとらわれて美術を提案するのではな く、世の中に向けて堂々と、そして力強く私達の時代へのメッセージを投げかける事であります。ニュートロンの関係者、お客様によって育てられ・成長した若きクリエーター達の一部はニュートロンの当時の器を大きく飛び越え、既に時代へと羽ばたき、その鮮烈な印象を発揮しています。それは一人や二人 の傑出した才能の故、だけではありません。ニュートロンに求められるのは、微細なジャンルやイデオロギーにとらわれることでは無く、これからの日本、そして世界に向けて美術表現の楽しさや素晴らしさをありのままに伝え、時代の中にメッセージを刻み、そして今この時点で想像も出来ない様な理想的で・平和な世界を実現する一因となる事だと信じてやみません。
ニュートロンはここまで数えきれない程多くの方々にご協力を仰ぎ、ご心配とご迷惑をかけ、今なお支えられて来ました。 そして一方では信じられないほど多くの賞賛と反響を受けて参りました。そのどれもがニュートロンの糧となり、ここまで成長する原動力となりました。だからこそ今ここに閉店を宣言するにあたり、最も心残りなのはそうして支えて下さった方々のことです。カフェを日常的に利用して下さった方々、とりわけ毎日のようにランチや喫茶にお越し頂いたお客様には、本当にいくら感謝しても足りません。そして季節ごとに、京都に来ると必ず立ち寄って頂いた方々にも。結婚式の二次会や会社の歓送迎会、大学の謝恩会などでご利用頂いた方々にとって、ここは紛れもなく人生の大事な一ページに刻まれる場所となりました。私をはじめスタッフ全員が、単に美術の現場としてでなく、ここに来られる全ての方々にとって忘れ得ぬお店でありたいと願って日々の業務を懸命に行って参りました。その努力の一端でも報われるとすれば、一重にお客様の笑顔を見られた瞬間でした。訪れて下さった全ての皆様の存在こそが、ニュートロンを唯一無二の存在へと押し上げて下さいました。ここに改めて、心からの感謝と、勝手ながら閉店することへのお詫びを申し上げます。
ここまで志を共にしたスタッフ・関係者との別れもまた辛いものになります。しかし、彼らの多くは若く、この先の将来は可能性に満ちています。ニュートロンで培ったアイデアやたゆまぬ努力は必ずや、他の場所でも発揮され、さらに花開くことでしょう。彼らの中に刷り込まれたニュートロンのDNAはいつか新しい形となっ て、世の中に楽しい出来事をもたらすと信じています。そして私達全員が、5月29日の最後の日まで、このニュートロンを更に良い店にするべく、努力をやめません。それは最後の最後まで期待して下さる皆様への恩返しであり、私達自身の存在証明であると思っています。
有限会社ニュートロンはこれから新天地を探し、新しい時代へ逞しく メッセージを投げかけるための基地であり、作家にとってのアトリエであり、様々なアイデアを凝縮した工場(工房)としての「FACTORY」を実現する準備を 進めます。そこでは今までのアートギャラリーやあらゆる美術の現場とも違う、濃縮された美術表現を生産・研磨・流通・管理する拠点として多くのプロジェクトが考案され、皆様の生活に飛び込んで行くべく挑戦を続けて参ります。
最後に、私達ニュートロンは日本人にとって失われた自信を再び取り戻し、真の文化的貢献によって世界へ影響を及ぼし、宗教・政治・言語の壁を越えて美術が全世界共通の知的財産として必要とされ、人間の心の平和を呼び起こし、かけがえの無い毎日を過ごす喜びを共有するために、これからの10年を積み重ねることを誓います。そして志を同じくするクリエーター達にとって、この先の苦難に満ちた挑戦の先に、真の理想的な世界が開けることを信じ、さらなる努力と研鑽を重ねることは重大で幸福な責務でもあります。どんな分野であれ、仕事であれ、挑戦することは人間に許された最高の権利であり、生き甲斐であることを忘れません。
5月29日までの残された日々を一瞬たりとも無駄にせず、皆様お一人お一人のお顔を忘れず、最高のギャラリーでありカフェであるための努力を厭わぬことをお約束します。
有限会社ニュートロン 代表取締役 石橋圭吾