決して上手く無いのになぜかクスッと笑ってしまうイラストで人気のユリコフ・カ ワヒロ。今年のテーマは「大人の色気」。毎年少しづつ変化している「線」を見逃すな!
gallery neutron 代表 石橋圭吾
先日、あるスクールに招かれて一日だけの講議を行った際、 「ユリコフ・カワヒロはイラストレーターよりも作家に近い」と 本人を目の前にして言い切った。しかし、この場を借りてそれは訂正させて頂く。 ユリコフ・カワヒロは紛れも無く純粋に「イラストレーター」を目指している。 もちろん、人から「ユニークで面白い」と言われれば嬉しいし、それが自分のポジションだと しっかり自覚もしている。 しかしユリコフは絶えず自分の中の引出しを増やし、より自分の描きたい絵を描くべく 今の現状にあぐらをかいてじっとはしていない。
ではいわゆる「ヘタウマ」系の範疇で、ユリコフはどこまで「狙って」描いているのか。 その答えは何となく見えつつあるのだが、やはりそもそも絵は上手くなかったようだ(笑)。 つまり、色々と上手く描こうと思えば描けるけど、ちょっと崩して描いてみたら・・・ という「スカシ」の方向性としてではなく、純粋に描いた結果がこれらの絵なのだ。 事実、その絵はそれなりに少しづつ、上手くなっている。 最近では「お色気」をテーマに、美男美女まで登場させて、 従来の「おじちゃん」「おばちゃん」イメージを緩やかに移行させつつ、 なお本来の持ち味(と勝手になっている)「くずし」や「ヌケ」も存在させている。 つまり「ヘタウマ」という言い方よりも、ユリコフは「ヘタ」なのだ。 もちろんそんな事はあえて言ってくれなくても本人は充分承知。 だからこそ「上手く」なりたいのである。その先にある「ヘタウマ」を視野に入れて・・・。
おっさんがユルくハズシて安物の香水くさいのにおしゃれ。 ユリコフの描きたい絵には本質的に相反する要素が混在し、時に混乱する。 しかしその情景はと言えば、実存する人物やシーンであったとしても何ら不思議はない。 つまりは私たちが普段見ている世界こそ、ユリコフ・ワールドの舞台であり、 それらおっさんやおばちゃん、にいちゃんねーちゃん、あかんぼう、そして犬や車に至るまで 愛情いっぱいに「上手く」描きたい、と思ったところがこの絵である。 それがユリコフの「狙ってもまだできない」けど「勝手にそうなる」現状を指し示す。 今回で3度目となるニュートロンでの個展。 毎年少しづつ目線を変え、ちょっとづつ上手くなっているユリコフが 今年見せるものはまさに、「はたから見てると馬鹿馬鹿しいけど面白い」、 人間という生き物である。