ニュートロンアーティスト登録作家 アン・タランティーノ (Abstract Painting)
ニューヨーク出身、現在は京都の修学院に在住の作家の日本初個展。自らが歩いて体で感じた記憶を平面にドローイング、色鮮やかに地図として再現。描かれる情報は季節感に富み、豊かで、繊細に映る。今回は京都の一乗寺〜修学院界隈を描いたアブストラクトな「近郊図」の新作を発 表。さらに、ニュートロンとのコラボTシャツは手描き彩色入りで2種登場!
gallery neutron 代表 石橋圭吾
アメリカの東部、ニューヨークにもほど近いボストンはレッドソックスでもお馴染みである。アン・タランティーノは自身をニューヨーク出身と最初に会った際に紹介したが、実際はボストンであった。両地の距離はいかほどで、気質や文化がどれだけ異なるのかは私には推し量る余地はあまり無いが、おそらく彼女の中では近いものが有るのだろう。また、アンは経歴を見るとフランスにも関わりがある。1995年に当地の芸術学校を卒業し、2003年には再度渡仏して個展まで開催している(その際のタイトルが『パルプ・フィクション』なのは実にユーモアが効いている)。日本に渡って来たのは2年前で、京都の一乗寺に住み、最近になってその近くの修学院という場所に移った。ちなみに私も住んだことがあるので知っているが、その両地の距離は目と鼻の先である。
アンは実に洗練されていながら、どこか素朴な一面も漂わせる。それは彼女の作品そのものと通じる。初めてファイルで作品を目にした時、非常にモダンでファッショナブルな絵だと感じたのを覚えている。しかし本人と話をしながらページをめくるごとに、その画面に表れる馴染み深い何かを徐々に発見し、やがてそれらの絵が日本の、それも京都の一乗寺で描かれたものだと知り、一気に目線は身近な所までセットバックした。しかしそれでいて興味は尽きるどころか、良くもこれだけ「観光客然」としたアプローチでありながらその土地の風土・気候・有り様を自らの作品に消化できるものだと感心させられた。つまりそれらは一言で言い換えれば「情報」である。長い間、土着のものとして培われてきた情報は、多彩であり、唯一のものとしてその土地に根を張る。私達は旅行をする時、あるいはちょっとした外出の時、未知の領域に関する様々な情報を視覚を始めとする全器官を通じて受け取る。それらはその土地の地理と密接に関係する。知らない土地に行った時、まずまっ先に自分がその土地のどこの駅に降り立ったのか知る。そして方角と、目的地とされる場所への道を探る。今いる場所と、行くべき場所を結ぶ線はやがて両脇に目をやることによってオリジナルの情報を与えられ、頭の中では原始的な地図となる。たとえその正確な距離や等高が数値で記憶されなくても、自身の体験を通じた「地図」は消えることなく、鮮やかな色彩をもって蘇る。アンの作品はそうやって生まれて来たのだろう。有機的で伸びやかで、時にグロテスクで、時に繊細な数々の絵は心の地図であり、それは全て京都の自分の住む場所で受け取った情報を基にしているのだ。例え季節が記載されていなくても、色味や線の動き、形状による何かがそれを伝えてくれる。直接的なモチーフの描かれ方で無くても、結果としては同じ情報を受け取り、感情や感覚を刺激することによって作家の見たものを伝えてくれるのだ。
"Abstract Painting"とは「代替的な絵画」とでも訳されるのだろうか、しかしながらアンの作品はまさにそれに当たるだろう。具象でも抽象でもなく、情報を表象化したもの。画家が放浪の旅をしながらキャンバスを立てて絵を描く光景は稀なものになった時代にあって、彼女のやっている事はそれに通じる。何より嬉しいのは、私達の住んでいるこの場所が、まだ魅力的で生命力に満ちあふれ、美しいという事だ。