80年代から90年代にかけて、ノエビア化粧品の広告アート ワークで一世風靡し、今なお博多で旺盛な制作活動を行う、日本を代表するイラストレーターであり画家でもある鶴田。近年、美人画だけでなく自ら「現代の琳派」と称する花鳥風月画に取り込んでおり、今回の大規模企画展はその全貌と従来の美人画の系譜がずらりと並ぶ、一大回顧展ともなる。新旧世代それぞれが楽しむことのできる、スケールの大きい展覧会となるだろう。 なおこの展覧会はニュートロンのギャラリースペースにおける「琳派」新作展、カフェスペースにおける美人画の新作原画展示、そして文椿ビルヂング・ギャラリー(回廊式展示)では新旧の美人画の原画及び版画による、圧巻の回顧展を行う。この秋、必見です!!
ニュートロン代表 石橋圭吾
厳しい残暑も和らいだ8月の末、私は思い立って福岡へと向かった。行き先は博多・天神の鶴田一郎アトリエ。私がまだ中学生当時、華やかで浮ついた80年代後半のバブルが膨らもうとする中、テレビ画面にひときわ鮮やかで艶やかな女性達の美しい顔、姿が踊っていた。そのイラストレーションを知らない人はいないだろう。まさにあの時代の象徴であり、顔であった。ノエビア化粧品のアートワークで知られる画家・鶴田一郎は、日本一美人が多い街(と私が信じてやまない)福岡・博多の都心の雑居ビルの5階、広々としたオフィス兼アトリエスペースで憧れの目をした私を迎え入れてくれた。
彼ほどの売れっ子でも、当然のことの様に時代の趨勢に揺られる。一時代を築いただけでなく、鶴田=美人画とまで言われてしまうようになった今では、その固定観念は彼の画家としての挑戦を時に妨げるほど、ファンの視線は今だに熱く美しいミューズ(女神)像へと注がれ続ける。その産みの親たる彼は、いや彼こそがミューズ達に癒され、励まされ、時代を経て来たのであるが、一方で商業的な成功を収めて画業四半世紀を超えた今、彼が自らの新たな挑戦として世に出そうとするのは、実は美人画ではなく、自ら「現代の琳派」と称するデザイン性の高い花鳥風月画である。
まるで日本画の顔料を駆使して描かれたかと思いきや、それらの大作群はほぼ全てアクリル絵具を基に描かれており、ところどころに金箔を貼られているも、それらはしかし全くの自己流と言うのだから驚きだ。およそ2年も制作に費やして来たというそれぞれの画面は彼の美人画がそうであるように、しっとりと艶やかな肌理(きめ)を持ち、原色を活かしつつもハイライトから中間色、そして一番トーンの暗い部分まで見事に調和し、それぞれが美しい。既に95%は完成しているのであろう、今回の出展作のメインとなる作品達は、彼のこれからの新境地への旅路の成功を暗示するかのように、どっしりと、自信に満ちた表情でにそこに在った。三枚による連作「雪月花」は、彼の画家としての繊細さ、力強さ、構図の素晴らしさ、色使いの妙が随所に見られ、現時点でのベストと言えるだろう。そしてメインのギャラリー会場を構成する「琳派」のシリーズを見守る様に、あるいはその景色の中から立ち現れた様に、赤いミューズの美人画が一点、出展される。
思えば80年代から90年代にかけて、女性の様々な分野における社会進出を経て、経済・文化は女性中心に回るようになり、美容業界は空前の盛り上がりを見せ、実に華やかで軽やかな時代であった。その象徴とも言えた鶴田美人画だが、よく見ればノエビア期(ノエビア化粧品の広告は1987〜1998まで続いた)に完成形を見せたと思われる美人画も、今になって見返せば当時の日本女性にここまで知的なクールビューティーは存在しただろうか?と思わせるほどの違和感も感じさせる。「理想像だから常に時代をリードして当たり前」と言われるかも知れないが、彼の引く無駄の無い線と輪郭は、流行のモードであっただけでなく、今なお普遍的な魅力を備えているのである。鶴田はその存在を「ミューズ(女神)」と称し、描くことによって自己救済にもなっていると言うが、それを目にする私達もまた、その恩恵を受け続ける。例えコマーシャルの舞台からは退いても、その後21世紀を迎えて以後、少しづつ洗練の度合いを深めながら、今もその芯の強さを全く失うことなく、女神達は生まれ続けている。そろそろ、きちんとした批評が為されても良い頃だと思うのだが、江戸時代の浮世絵士がこぞって描いた美人画、大正ロマンの竹久夢二、他にも諸々あるのだと思うが、きっと現代日本の浮世絵士とは彼の事を言うのではないだろうか。
今回の個展はニュートロンのギャラリースペースでの新作展だけでなく、カフェでは美人画の原画を、さらには文椿ビルヂング・ギャラリー(建物の廊下壁面を利用した回廊式展示)では、新旧の美人画の系譜も併せて一挙公開する。ファンならずとも必見の、鶴田ワールドが広がる光景は圧巻だろう。
なお今回の企画は、作家と親交の深い次田幸司氏(株式会社ジェイ・スピリット代表)の全面的な協力によるものであり、ここに深い感謝の意を表させて頂く。