石井 春 ISHII HARU (陶立体 / インスタレーション)
ポルトガルで15世紀から続く装飾タイル「アズレージョ」を習得し、現地で制作する日本の第一人者。
日本をはじめ各地でパブリックスペースへ作品を常設し、人々の憩いの場となり、風景を繋いできた。
自身念願の京都展は、従来の空間型インスタレーションとは趣を変え、立体としての存在を打ち出す作品が並ぶ。
鮮やかな海の青、おおらかな赤や黄色、日本の心を持つ白や緑といった色達が、凝縮された世界を現出させる。
★この展覧会はポルトガル大使館の後援のもとに行われます。
neutron代表 石橋圭吾
ポルトガル共和国と言えば、スペインと並び日本の西洋文化に対する開眼に功績を残した国であり、地球儀を見れば日本の真裏に位置する遠い国でもある。しかしながら昨今では世界共通言語とも言えるサッカーによってポルトガルの選手の活躍を目にし、少なからず親しみを感じる向きもあろう。国土は西ヨーロパのイベリア半島に位置し、日本の中での長崎県のように海に飛び出した格好で、北と東にスペインに接している。総面積は92,391kuで人口は10,707,000人。日本が総面積377,835ku に対して127,156,000人だから、日本の4分の1程度の国土の中に人口は日本の10分の1程度の少ない割合で存在している。小さくても文化的歴史は古く、かつては大航海時代の先駆者となったことからもわかるように、海を最大限に利用した政治・経済そして文化の伝播者であるという印象は強い。
石井春さん(以後「春さん」と呼ばせて頂く)が今回の個展に対してのやりとりの最中に、現地の画像をメールで送ってくれた。それはとんでもなく美しいポルトガルの海の写真であった。レンズの加減か、はたまた水平線がカーブしているのか、地球の輪郭をなぞった様な緩やかな曲線を描く海は、海岸に近い部分はエメラルドグリーンに輝き太陽の日差しを優しく海水へと誘導し、やがて遠くになるにつれ深い碧をたたえるように、グラデーションを変化させている。洋上にはヨットや小型船が浮かび、波打ち際には水着姿の日焼けした女性が風景の一部のように佇んでいる。そしてもう一枚の写真は、大海原に浮かぶヨットを写したもの。深い碧の穏やかな海に浮かぶそれらは黄色、赤、白地にピンクとグリーンが配色され、それはまさに春さんがタイルの上に描くパターンのようでもあり、ポルトガルの海の色そのものであるとも感じた。
「アズレージョ」という、ポルトガルで16世紀から今に至るまで続く装飾タイルは、それ自体が芸術作品でもある。膨大な数のタイル一枚一枚に絵付けが施されて、それらが大きな建築やパブリックスペースに配置され、整然と並べられることにより、スケールの大きな視覚芸術が展開されることになる。同時にそれは単に芸術のための展示ではなく、人々の生活の中の空間・環境に配されるものでもあるからして、必然的に多くの人の目に触れ(実際に手で触る事もできる)、季節や時間の変化とも共存し、長い年月を人間とともに過ごすこととなる。額に納められ、丁重にうやうやしく扱われる藝術と違い、子供から老人まで等しくアズレージョに触れ、その色や描かれたイメージで楽しませ、建築や空間設計に欠かせないものとなっている。春さんがそれを習得しようと発起してポルトガルに渡ったのは1995年の事だというから、それでもまだ14年しか経っていない。しかしながら作家プロフィールのパブリックコレクションの多さに見られる様に、今や日本におけるその分野の第一人者として、同時にポルトガルと日本を行き来しながら制作発表する現代アーティストとして、大活躍である。
最も私の近いところでは京都駅の地下街に、青い海に鮮やかな水中生物が描かれたアズレージョを配した一角を見る事ができる。そして最近、そのスペースに新作のベンチが完成し、置かれている。雑多な人々があくせく行き来するせわしくて息苦しいはずの空間に、それらは確実に一時の涼や安息を与え、目を楽しませるものとして存在している。そこには作者による「生命と水への愛をこめて…」というステートメントこそあれ、「手を触れないで下さい」との注意書きは無い。ただ当たり前のようにアズレージョが存在し、人々に寄り添っている。かつての大海原を渡ってきた黒船ではなく、春さんの作り出す鮮やかで平和な色の生き物達は、今の時代に日本とポルトガルの海を繋いでいるようでもある。
春さんのたっての希望により、京都のニュートロンでの個展が実現する。パブリックを大事にする彼女らしい場所と言えるのは間違いないが、そこに出展されるのはスペースに依存したタイルではなく、一つ一つの作品として、キューブ状に生み出された立体作品となる様である。つまりパブリックスペースでは見る事のできない、春さんの作家としての側面が見えるということであり、アズレージョの可能性を問い直すきっかけにもなるだろう。
なお、この個展はポルトガル大使館の後援により行われる。